後ろ向き全力疾走企画
嗚呼、想ひ出の
スーパーカーショウ

PART-3


ちょっと遅れてしまいましたがスーパーカーブームを振り返る当企画も今回で一応終わらせて頂きます。シメとして、ショウ以外でのスーパーカーあれこれ。当時の街中と、スーパーカー少年の日常を紹介します。レディゴー!!アイゴー!!←バカ



って言っといてショウだろこれ?
違うんですねえ。1976年、松坂屋静岡店の駐車場でスーパーカーイベントが行われたんですよ。百貨店のお客様サービスというか、要は集客イベントなんですが大変なニギワイではありました。(売上に貢献したかどうかは判りませんが・・・しかし大人になって、ソコで自分が作品発表なんぞをさせて貰えるようになるとは思いもしませんでしたね。)あ、クルマはフェラーリ308GTBです。



まあたミウラかよ好きだなオマエ!とか言う声が聞こえそうですが、結局都合の付く車輌は同じ物ばかりだったのかもしれません。隣にロールスロイスのファンタムか何かが停まっていますが、少年達にはものの見事に無視されていました。



これは静岡駅南口の駐車場に入ってきたマセラッティーカムシン。偶然遭遇してきゃーきゃー言って写真撮ったの覚えています。当時のスーパーカー少年はカメラ必携でしたね。どんな時でも。
でもこれ静岡ナンバーだから、地元でこんなシブイ車乗ってた人がいたんだな。かっこいいよう。



これも道端でエンジンフードを開けていたマセラティーボラ。トラブルでしょうか。シロウトがエンジン覗き込んだ所で治るとは思えないんですが・・・



父親のお供で東京へ付いて行った時の写真です。花の東京にはきっとスーパーカーがい〜っぱい停まってて・・・と勝手に思っていたのですが、収穫はこのアルピーヌA110のみ。チト期待外れ。南青山かどこかだと思うのですが、70年代後半の東京です。(何か五十嵐平達の連載記事みたいね。)



昔安倍川の上流にCOMOと言う家具屋さんがあって(今もあるのかもしれんが)ソコの社長だかがスーパーカーが好きで色んな車を持ち込んでました。静岡市内の少年達は「明日コモにベルリネッタボクサーが来る!!」と言った情報を入手して自転車ではるばるやってくるワケです。遠くから。(COMOはイタリアのコモ湖のことなんでしょうね恐らく。)



後ろの洗濯物がビンボ臭くていいですね。チャリでかたわらを駆け抜けるガキ一人。イナカに来たスーパーカーの日常。エンツォに見せたかったな。



SBS通りの南消防署前で、スーパーカー軍団に偶然遭遇。きゃーきゃー言って写真撮りました・・それはもーええか?いや、コーフンしましたねこの時は。後ろの白い930ターボに乗っているのは池沢さとし氏(!)。更に後方にはBB接近中。左手のルーチェが時代を感じさせてくれます。こんな写真撮った日にゃあ翌日から高松中学でヒーローです。



私の好きな275GTCであります。こういったスーパーカーショウに来ないようなシブ目なクルマが貴重であります。ホントはもっと一杯写真があったのですが散逸してしまいました。左手のローレルが時代を・・・しつこい。



ロータスヨーロッパの集団です。ツーリングかな。この写真さあ・・・左手(向かって)から撮ってるんだよね。どうやったのかなあ?多分センターラインまで飛び出して撮影したんだろうな。ガキっつうのはいつの時代もムチャするわなあ。



私の最も好きな車の一つ。デ、トマソ、マングスタが近所のガソリンスタンドに来て大騒ぎ。きゃーきゃー言って・・その辺にしとけよ・・・
でもなんで先っぽがピンク(笑)なんだろう。いやらし〜。
左手のケンメリが時代を・・・エエ加減にせえよ!



かっこいいなー。欲しいなー。



右手の自転車がボクらの愛車♪
サニーエクセレント。軽トラ挟んで、カローラ、117クーペ?
などが確認出来ます。



コクピットも参考に。マングスタ4連発でした♪



これは当時日本のスーパーカー総本山だったシーサイドモータースが販売していた写真です。モーターマガジンの広告で通販やってたように記憶しています。先日発売になったROSSOのイオタ特集によると、ドライサンプエンジンのファクトリーレプリカらしいですね、コレ。オレンジに全装されて、今も日本にあるようです。
写真の他、下敷き、カード、プラモデル、ケシゴムなど、何でも(笑)スーパーカーになってました、当時は。

熱狂的なこのブームもあっという間に終わった様に言われていますし、事実そうなのでしょう。しかし今、クルマの本などを見ていると、雑誌や自動車そのものを作っている人たちは確実に当時のスーパーカーブームに洗礼を受け、その嵐が過ぎ去ったあともスーパーカーを愛していたのだなあ、と思わざるを得ません。
モーターリゼーションの後進国だった日本が、世界を席捲するクルマを作れるようになった事に、このブームは幾ばくかの影響を与えていたのだと思います。その情熱はいささかゆがんでいたかもしれません。それでもたくさんの少年(少女も?)たちの心には
”いつかはクラウン・・・じゃなくて、ボクはスーパーカーなんだ”
と言う思いが今でも燃え続けている事でしょう。



ってオマエ
単に大人気ない
だけだろー!!!

第一スーパーカーじゃないじゃん!
(ま、その内に、ネ。)


この項終わり 

 オマケ  2003大阪モーターショー怒りのレポート

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